COLUMN

「英語の音は英語のままで」の理想と現実

2021.11.25

「英語の音は英語の音のままで取り込め(カタカナ表記するなどけしからん!)」とよく言われる。これは、「英語は英語で考えろ」と言うのと同じくらいに「それができたら苦労しない」系の主張である(以前それについて書いた記事はこちら)。「ヒットを打つなんて簡単だ、人のいないところへ打てばよい」という主張と同じだ。それができたら苦労しない。

結論を先に言っておくと、「英語の音を英語の音のままで認識する」作業は、特に初級レベルの人には、不可能である。 こうした言説が厄介なのは、初級者にとっては、それが正しいことなのかどうかを自分では見極めがつかないことだ。「英語は英語で考える」も「英語の音を英語のままで取り込め」も、初級者にはできなくて、英語ペラペラの人にはできることだから、そのまま信じざるを得ない。

「英語の音を英語のままで取り込め」と提唱する人は、若い頃になんらかの形で、身近な人が英語をしゃべるのを聴く環境にあった人である。そういう経験なしに、大人になってから本格的に英語を学習し始め、初級の頃から「英語の音を英語のまま取り込む」ことが出来たとしたら、その人は言語音への感覚が天才的にズバ抜けている人である。

仕事柄、ネイティブ講師による、ビジネス英語研修を見学する機会がある。ときどきであるが、受講者の中に、このように言う人がいる。「幼少期に、英語が話される国にいたことがあるんですが、今は完全に忘れちゃって、全くしゃべれません」(物心つく前だったので、その頃の記憶さえない、という人もいる)。しかし、彼らが話す英語を聞いてみると、ネイティブのようにスラスラと英語が出てくるわけではないが、発音については明らかに、

 

普通の日本人とは一線を画す。本人はペラペラでないことを不本意としているが、見る人が見れば、英語の音声に関してのアドバンテージは明らかに残っている。

「臨界期」という言葉を聞いたことはあるだろうか?第二言語習得における「臨界期」とは、簡単に言えば、ある一定の年齢を過ぎてからでは(思春期頃、という主張が多い)、ネイティブと同等レベルの語学力を身に着けるのは困難になる、というものだ。なかでも、音声面での開始時期の影響は顕著である(大人になってから日本語を学習したパックンマックンのパックンは日本語堪能だが、アクセントは日本人のようにならない)。分野は異なるが、音楽の世界では、6歳くらいまでに音楽を始めないと「絶対音感」は身につかないと言われる。似たようなものだろう。

上図は、カナダに移住したイタリア人240名(下は2歳から上は24歳)について、最終的にネイティブのアクセントにどれだけ近づけたかを示すグラフである。(出典:Flege, J. E. (1999). Age of learning and second language speech. In D. Birdsong (Ed.), Second language acquisition and the Critical Period Hypothesis (pp. 101–131). Lawrence Erlbaum Associates Publishers.) 若いうちに移住した人はネイティブと同等のアクセントを身につけることができた一方、年齢が上がってから移住した人たちは、それができていない。歳をとるほど、その言語の音声の聞き分け・発音が困難になるのだ。

実は、人間は生後8か月頃までは、世界中のほぼすべての言語音を認識できる。我々も、生まれたばかりの頃は、たとえば英語の「r」と「l」を自然に聞き分ける能力を持っていた。しかし、生後8か月を過ぎた頃から、母語にない音の識別能力は衰退していく。下図は、「l」と「r」の聞き分けのテスト結果だ。8か月頃は日本の赤ちゃんもアメリカの赤ちゃんも同じレベルで「l」と「r」を聞き分けられていたが、10か月頃には、日本語環境で過ごした日本の赤ちゃんは、「l」と「r」の聞き分け能力が下がってくる。これは「シナプスの刈り込み」という現象によるものだ。ふだんよく聞く、自分に大事な言語(母語)の音声の聞き取りに使う神経細胞のつながり(シナプス)は強化されるが、それと反比例するように、母語にない音声の聞き分けに使う神経細胞のつながりはバッサバッサと刈り込まれていく。

(出典:Kuhl,K,P et al. (2006) Infants show a facilitation effect for native language phonetic perception between 6 and 12 months.)

さて、話を戻そう。大人の初級レベルの英語学習者に対して「英語の音は英語の音のままで取り込もう」と提唱するのはたいてい、若い頃になんらかの形で身近な人が英語をしゃべるのを聴く環境にあった人である。そういう人は、臨界期(より幅をもたせて「敏感期」と表現する人もいる)以前に、先ほど挙げたような、たとえば「l」と「r」を識別する神経細胞の繋がりが強化されたことがあるので、「英語の音を英語の音のまま取り込む」ことが本当にできる。(”乳児期に特定の言語にさらされた赤ちゃんは、原音声、すなわち、特定の言語の音のシステムを表している表象を形成します” Patricia Kuhl他『0歳児の「脳力」はここまで伸びる:「ゆりかごの中の科学者」は何を考えているのか』より)。しかし、中学校で英語に初めて触れた普通の日本人英語学習者は、どうだろうか?「英語の音を英語の音のまま取り込もう」とアドバイスされても、臨界期以前に英語の音声を識別する経験がなかった大人の英語初級者は、同じ芸当はできない。「l」と「r」の音よりさらに識別が難しい母音、たとえば「ア」に相当する英語の音 [æ] [ɑ] [ə] [ʌ]の聞き分けなどは絶望的だろう。 だから、一時的であれ幼少期に強化された英語音声回路の潜在的なアドバンテージをもつ人の「英語の音を英語の音のまま取り込め」というアドバイスは、理想論にすぎない。

では、初級者はどのようにして、英語の音と付き合っていけばよいのか?いくつか案を提示する。

(1) フォニックス教材(お金のある人はネイティブのプライベートレッスンも)を使い、「ガチ」で聞き分け&発音のトレーニングをする
(2) 「日本人英語でいいや」と開き直り、語彙や文法など、他の分野の学習に徹する
(3) 最低限の発音(f, v, r, l, thなど)は頑張ってある程度までマスターして、余力は他の分野の学習に振り向ける。((1)と(2)の折衷)

「ネイティブのようなキレイな発音ができるようになりたい!」という目標はモチベーションになるので、それを貫徹できるくらいモチベーションが高い人は、(1)の路線で行けばよい。ただし、本稿で言及したように、臨界期・敏感期を過ぎてからの取り組みとなるので、上達には時間がかかるし、最終到達レベルもある程度妥協しなければならないだろう。 また、肝心の会話で、発音を気にしすぎるあまり、しゃべれなくなる、というケースは多いので、注意したい。 (2)については、基本的にはあまりお勧めできない。最低でも(f, v, r, l, thなど)の発音は、どこまでモノにできるかは別として、練習したい。母音はともかく、これら子音で間違った発音をすると、途端に通じなくなる単語は多い。最後に、時間があまりとれない大人の学習者には、(3)の路線がバランスが取れていてよいだろう。英語の音に慣れてきたら、発音もより突き詰めていくのもよいだろう。 なお、「英語は英語の音のままで聞く」というのと対照的な考え方に、「カタカナ英語を活用する」というものがある。これは「うまく利用すれば」、(3)の路線での英語習得を効率化する。

「カタカナ英語の利用など、邪道な!」と憤慨する人もいるだろう。しかし、英語初級者に対して「英語の音は英語のままで取り込め」を強制すると、「英語の音を英語のまま聞き取れないのは自分に能力がないからだ」という苦手意識を増幅しかねない。私は以前勤めていた貿易会社で中国語のレッスンを受けさせられたことがある。そのときは講師の中国語の音声の区別ができず、発音もできず、それでも何度も練習させられ、苦痛で苦痛で仕方なかった。ラッキーなことに?講師のプライベートな事情でレッスンが長期中断となり、そのままなし崩し的にこの中国語研修は終わった。また、語学研修会社に移り、お客さんの企業で週1回2時間のロシア語研修を実施した際には、講師が発音練習にこだわり過ぎて受講者にストレスが鬱積、早期に研修が中止となったことがある。このような経験から、できないものを無理にやらせることには反対である。だから、特に初級者が英語学習を始め、軌道に乗るまでは、音声についてはカタカナの助けを借りるのは仕方がない、というか効率を考えるとむしろ有益だとさえ考えている。ただし、使い方には絶対に押さえておくべきポイントがある。この賛否両論ある「カタカナ英語の利用」については、長くなるので、また稿を改めたいと思う。

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